
この記事では、
認知症の影響で変化していくシニアわんこと暮らす中で、
当時はうまく言葉にできなかった迷いや不安、正直な気持ちを、
そのままの形で綴っています。
同じように悩んだり、戸惑ったりしている方の
「私だけじゃなかった」と思える時間になれば幸いです。
この記事で伝えたいこと
- 看取りで、私がやらなかったこと
- 延命処置を続けなかった理由
- 精一杯がんばったわんこの軌跡
あの頃の気持ち
看取りが近いと分かったとき
「何をするか」よりも、「何をしないか」で悩みました。
できることは、探せばいくらでもありました。
でもそれが本当に、この子のためなのか。
その答えを、何度も自分に問い続けました。
約3年の介護生活の、最後
約3年続いた介護生活の終わりは、急にやってきました。
急激に食欲が落ち、
反比例するように嘔吐が増えていきました。
病院にも行きました。
診断は、末期の膵炎と多臓器不全。
集中治療での入院もしました。
けれど、
数値も、状態も、回復することはありませんでした。
点滴を続ければ、生き延びさせることはできる。
それは事実でした。
でもそれは、人間の身勝手な選択で、
この子にとっては、
「苦しい時間を延ばす」ことでもありました。
お水以外、口にしなくなってから約2週間。
頻繁な嘔吐は続き、
身体はどんどん痩せて、
体力も落ちていきました。
時間とともに、
確実に弱って、小さくなっていくわんこ。
まるで、こちらの心の準備ができるまで、
時間を作ってくれているようでした。
▶看取り期の時間
看取り期『これだけあればよかった』犬のケアと環境|徘徊を止めなかった選択
無理な延命をしないという決断
私は、延命を選びませんでした。
点滴で時間を引き延ばすことが、
この子の「生きる」につながるとは思えなかったからです。
それだけを基準に、選択しました。
できなかったことを考えなかった
「もっと何かできたかもしれない」
そう考えはじめると、色々思うことはありました。
でも、
できなかったことを考える時間があるなら、
一緒にいる時間に使いたかった。
介護の3年間で、できることは全部やった。
そう言い切れました。
だから、後悔の気持ちはありませんでした。
最後まで、自由に
最期まで、自由に過ごさせました。
前日まで、徘徊していました。
徘徊後に休む場所を自分で選んでいました。
私のいる部屋の休憩場所に来て、
一緒に時間を過ごしてくれました。
そして、
旅立ちの当日も、弱々しい足取りでしたが、
自分の足で歩いていました。
いつも通り、家族を見送り、出迎えました。
家族全員の帰宅を確認してから、
ゆっくりと旅立ちの準備に入りました。
最後は、
家族全員に見守られて静かに旅立ちました。
それが、
私が「やらなかったこと」の結果だと思っています。
まとめ:今、振り返って
看取りは、何かを足す時間ではありませんでした。
あの子の意志を最大限に尊重して、
ただ一緒にいる時間でした。
もっと一緒にいたかったという気持ちもあります。
でも、
食事を一切取ることなく、
小さな身体を震わせて嘔吐する時間を延長することを、
選ぶことはできませんでした。
後悔の気持ちはありません。
「あの子は幸せだったかな」
今、思うことはそれだけです。
【関連記事】認知症のシニアわんことの暮らし
▶認知症わんことの戦いの記録|夜鳴き・徘徊と向き合った3年の全体像
▶しつけを手放したシニア犬との暮らし|「大きな赤ちゃん」との記録総まとめ
【関連記事】考えたくはないけれど知っておきたい
▶犬が旅立ったあとの安置と見送り方法
